49931歩。
にわかに雨にうたれました。杉並木の狭い道でのこと。夕方で・・・歩道など当然無くて・・・車はかなり多くて・・・・なかなか着替える場所がありませんでした。それでも当初の最悪の場合の野宿ポイントとして意識していたJR文鋏駅をゲットしました。少し狭いこと、客が待合室を通ること、終電が23時07分着のことなど、問題はありますが、ここに寝ます。トイレはうわさ通りで出そうなものも収まってしまいそうです。必要ないのでいいのですが・・・
しっとりした上着とポンチョを少し乾かそうと思いましたが・・・待合室が個室状況になってしまいそうで・・・無理そうです。
6時35分、出発。いろは坂の名物、般若の滝と方等の滝を見物するために出発を遅らせました。いやあ、ほんとは疲れをとるためです。
出発時間を遅らせるのは昨日に続いて2日目ですが・・・しっかり熟睡です・・・

右奥が般若の滝・・左が方等の滝。

6時54分 両方の滝が望める絶景のビューポイントに到着。車が数台しか止まれない駐車スペース・・・他の季節だと駐車場は奪い合いでしょうが
なんらオフです・・・・早朝です。
とにかく展望広場というか駐車場はを一人占めでした。横の山に朝日があたって神々しいばかりでした。

7時2分 女人堂の跡らしい。神社の場合は女性はここまで登れたのだとか・・・意味不明な感じもする。
江戸時代なら女性はここまでこれたのではなかろうか・・・仏教も神道もなかったはずなのだ・・でもどっちだろう
ということはともかく、ここもなんとか野宿ポイント合格である・・・床はフラットではないがこの程度ならマットで吸収できる。
7時21分、いろは坂の下。それにしてもきつい下りである。

8時30分、清瀧寺。ご本尊は出張中だとか・・・・江戸時代、女性はここまでしか来れなかったとのこと。・・・神社の方はもう少し上のほうに男体山が拝める女人堂があるのに。というが・・・昔は女性はここでお祈りをしながら男たちが下ってくるのをまったのだそうだ。
朝のそこそこの時間なのでこの男性は境内の掃除をしておられた。豊富な水がおいしい。
9時56分 釈迦堂。家光に殉死したのが5人・・家康と秀忠で19人合計24基のお墓があるのだ。
戦国が終わる時代の人生観であろうか・・
10時14分、西参道の料金所。なんでも全部合わせた入場料が1000円とか・・・ここを通るのに払う必要があるのかと勘違いしていて・・「東照宮はいかないのですが・・」といったら・・・ごにょっと歯切れが悪い・・・その場で払うからとして通過。
良くわからない・・・ わからないままに二荒山神社参拝。すす払いのため朱印帳に直接書いてはもらえず残念。事前に書き置いてあるものに日付を入れていただいた。本殿をみると多勢の氏子さんらが大掃除にはじまるところだ。なるほど神主さんも忙しかろう。
右上は神社から東照宮への道・・なかなかにしっとりしている。
東照宮は門前での簡略なお参りで済ます。中国、台湾、韓国の団体さんたちとカップルが多い。手作りの初音を売っていたおじさんにポーズを頼んだらしっかりと吹いてくれた・・・もっとアップにすべきだった。なかなかの表情である。

10時48分 太い道を南へ・・・そしてど゜うするのか聞くとこの石畳に案内された。下からも怪訝そうな外人カップルが登ってくる。
L字にまがってさらに下った所が神橋。

かの天海大僧正が日光山の貫主をして・・家康の遺言を守り東照宮の創建に尽くしたという・・・

英語の案内板は有難い。神橋はSHINKYO BRIDGEである。

11時19分から50分まで休憩・東武日光駅前の旭屋さんで・・ゆばうどん1000円・・食堂は二階なのだが無理を言って一階で食べさせてもらう。
お土産を少し940円 買って洗濯物といっしょにして宅急便で760円. 送り返す。下着の送り返しで減量を狙ってみた・・・・しかし1キロまでは行かない量である。
隣の蜂蜜屋さんが・・・素敵な女性が疲れが取れるからとお湯に溶かしたのを飲ませてくれたが・・・蜂蜜はどうも場所ちがいな気がして・・・
買いそびれる。
主人は歩道の縁台でノロウィルスについての講演を知り合いに延々としていた。どうも宿泊関係の仕事らしい。
保菌者が宴会でゲロしたときは大変だそうだ。てきとうな処置だと乾燥して舞い上がって・・・大発生となるのだそうだ。
そうそうもうひとつ。「駅のトイレは・・・」の質問に「並木の杉のこやしにしてください」とのこと・・
言葉に詰まる。駅前広場から並木は始まっているから・・・現実味があるのだ。最近の無菌状態がベストの風潮に対峙するおおらかさに・・・

1時21分 砲弾の打ち込まれた杉とある。それは確かに明治維新の時にはいろいろあっただろう。そして街道でぶつかるのも大いにうなづける。
奈良時代の東山道の広かったのは道幅の中でしか、軍勢の移動は出来なかったし戦も幅の中で行ったとか・・・
それ以外は沼地だとか・・・そういえば木曽義仲も最後は沼地のような場所で動きがとれなくなったとかいう・・・
1時39分 杉並木を歩いていて気が付いた。樹が両側に並んでいるだけではなくて・・・林のようになっている。
上の写真の左側土手の隣はなんと右側の写真のようになっていた。
屋久杉でも知られているが・・・水・・豊富な水が巨木にするのだそうだ。
きれいな流れを並木に沿わせて作る事は並木の維持にはベストなのだろう。
1時52分、今市。ここまではテントポイントはそこそこにあるのだが時間があまりにも早すぎる。大谷川公園が並木の切れ間から見えるた。ここにも野宿は可能である。
2時15分、杉並木の分岐点。追分の観音様は大勢の人でにぎわっていた。聞いてみると日本橋から区切り歩きをしているグループらしい。日光まで歩くようだ。もう少ししっとりしたグループならじっくり交流したいところだが・・・小学生の遠足みたいにざわざわしていたのでお参りもそこそこに出発。
ここから右、例幣使街道を選ぶ。こちら側は狭い事車の通行がかなりあることしかも歩道はないのだ。白線の位置がかろうじて歩ける場所である。
、こんな危険な道は急ぐに限る。とにかく急ぐ休む場所も皆無。
3時5分 並木が左に直角に曲がる。東武日光線のせいかと思っていたのだが・・現場で見れは・・・本来の道がこうなっていたようだ。
4時、雨がパラパラ、まさかと天を仰ぐ。雨なのに狭い道で歩道もないようにところで雨の装備になれない。急ぐ。わき道があってやっと雨装備に変更。
地面での装備変更は負担が大きい。
4時47分、並木の切れ間の道にスタンドを発見。情報を得るために立ち寄る。駅の様子を聞く。なんとか待合室があるらしい。加えてスタンドの女性に並木の道ではなくて並木の上の土手の道を通りなさいと教えてくれた。なるほど、ここから土手の上に歩道があった。これは助かる。
5時、道端の家の人をつかまえて水をもらう。井戸水だそうだ。
5時12分、駅着。
いきなりテントを張るには早すぎる。荷物を降ろして・・・濡れたものを広げる。
お客との会話が何人かとある。
「直ぐ先にすし屋もラーメン屋も有るよ」
「娘が心配で・・・」と迎えに来ているお母さん・・・長い話には少し参る
「松本はいいですねー」
「駅の向こう側に出れますよ」と高校生の女の子が親切に指差して教えてくれた。トイレを含めて少し偵察する。
いろんな人が列車に乗って入った。高校生をはじめ大勢が降りてきた。
こういうにぎやかな場合はまず日記を書いてしまう。地図の整理もすませる。充電が可能だったので携帯の充電をする。
お腹にも食料を入れる。
しばらくしてテントを張って装備を中に収納する。我輩も入って体の手入れである。
体拭きのシートは中くらいのハンカチのサイズがあり・・・これを2枚使って体を拭く。冬だからこれで十分である。足は殺菌シートと足拭きシートを使ってさらに慎重に手入れをする。両足の小指に豆ができている。これは今思うに靴が合っていないのだろう。いまさら買えないのでこの靴を履き潰さないと・・
あと、右足のかかとの上がまずい状態である。最初小石をかんだかな・・・と思ったがはっきりと靴ずれだ。
破裂してひりひりだ。消毒ようのパットを当ててテーピングする。靴下が黄色になるが仕方有るまい・・・豆の所は色が付いてしまっているし・・・
後左の腰骨の付近に浅知恵で張ったテーピングテープが失敗。テープの下は保護されて最高なのだが境目の皮膚が破けてしまうのだ・・・
昨日しっかり治療したのに今日はその上に擦過傷ができてしまった。
成功もある。寝袋のチャックが噛んでしまって昨夜は大変なくろうをしたのだ。噛みやすい裏地をテーピングした。
これは大成功・・